ユーザーインタビュー

第4回 マスタリングエンジニア
袴田 剛史(Takeshi Hakamata) 氏

今回はマスタリングエンジニアの袴田さんにお話を聞きます。
豊富な経験からくる現場でのモニター周りのお話を聞いてきました。

マスタリングエンジニアの耳にKS-Digitalはどのように理解されているのか。


―今回は取材をお受けいただき、ありがとうございます。なかなか入ることのない空間にお招きいただきとても感謝いたします。ちょっと緊張(笑)。

― まずC5の使用環境についてお聞かせください。

袴田氏)ビクタースタジオのマスタリングセクションの「FLAIR」の一室で使用しています。スタジオのサイズは 4m x 5m弱です。一般的なプライベート・スタジオと同じか、少しだけ大きな広さだと思います。

C5を最初はコンソール前に設置しましたが、ラージ・スピーカー(ムジ―ク)との干渉が気になったので、 距離を離すため、今は90度真横の壁に並べています。

弊社ビクターのウッドコーンも含めて3種類のスピーカーを部屋では使い分けています。

―スモールサイズのスピーカーを探していた理由について伺いたいです。



袴田氏)そうですね。私は部屋のスモールサイズのスピーカーはウッドコーンのスピーカー(EX-A3)を長年使っています。

メインのラージサイズのムジ―ク(RL901K)とウッドコーンの音の方向性が少しだけ違うので、何かこの間が埋まるものはないかなと思っていました。

―ちょうどその中間のスピーカーを探していたという。




袴田氏)ウッドコーンはとても素晴らしいスピーカーですが、サイズとしてはかなり小さめなので、もう少しだけ大きく、ラージ寄りのクオリティーがあるものを探していました。

―何か候補は他にありました?



袴田氏)GenelecのスモールやNeumann、Eclipseとか一般的なものはいくつか候補にありました。



―実際それらの印象はどうでした?



袴田氏)中でもGenelecは、しっかりしてとても良い印象でした。ただ、今回の狙いとは違ったので採用はしませんでしたが。

―そうなんですね。何か明確な理由などあればお聞きしたいです。



袴田氏)Genelecは押し出しの印象が強く、そしてやや明るく感じてしまうんです。実際、現場で使うスピーカーは基音がしっかりして明瞭なものが多いですけどね。

もちろん何も否定することはなく、それが良さなんですが。



―それと比較してC5の印象はどうでした?

袴田氏)C5は全体の表現や音場がとても豊かに感じました。しっとりしていますし、自然で高域の抜けもわかりやすかったです。

―改めてお聞きしたいのですが。袴田さんにとってニアフィールドモニタースピーカーに望む最低条件とか理想みたいなものってありますか?

袴田氏)理想としては音色やバランスにくせがないものがいいですよね。
現場では、基本的にはラージスピーカーである程度大きな音で作業をしていますが、全体像を冷静に聴き、バランスなどを別の視点でチェックするためには、途中で小さめのニアフィールドスピーカーに切り替えて、必ず小音量でも聴きます。

もしスピーカー自体にカラーがあり過ぎると、楽曲そのものの音色の見極めがしづらくなってしまいますし、まずはクセがなく、あとは、音量問わず、特に小音量でもバランスが安定していることも、大事な条件の一つだと思っています。

―今回C5を導入した本音というか、お気に入りのポイントってどこでしょう?



袴田氏)自分自身、同軸ユニットの点音源の鳴り方が好きなので、そこはまずポイントでした。導入したのもそれが大きな理由かと思います。

実はドイツのハンドメイドであることも、私がメインで使用しているムジークと同じでした。C5の音色は素直で音場がとても豊かです。

いわゆるモニタースピーカーの傾向は、楽器の基音がはっきりとしていて、リズムもタイトに聴こえてくるものが多いのですが、C5 は音楽を束の音場で表現してくるため、直観でこの方向性のアイテムは必要だと感じましたね。

トラック個々の音像の大きさもわかりやすく、歌の存在感のチェックにもすごく役に立っています。



―DSPについては何か感じ方はありますか?DSPに期待すること?



袴田氏)DSPにしか出来ないこと?はあるはずですね。例えばKS Digital の様に、本体の鳴りや音色を調整するためにDSPフィルターがあれば、自由にとても細かく調整を追い込めるはずです。



また、Genelecの音場補正の機能についても、設置する音響空間がベストなことはなかなかないので、その状況を改善する手段としては、とても有効だと思います。

ただ、部屋の音場はマイキング同様とても繊細な部分なので、DSPを使う時はそれを理解していないといけませんね。DSPというとイメージ的には後者の音場補正の方で使っているのが多いような気がして。

KS-Digitalは自分自身をちゃんと鳴らすようためのものですよね。


―そうですね。KS-Digitalはどっちかというと音場補正より、自分の補正に使っているのかなと思っています。

―それでいうと、部屋の空間に対するDSPとして考えられているのはGenelecなのかなと思います。KS-DigitalにはDSPを操作するソフトウェアもついていないし、リモコンに関してはハードウェアと一体なので、メモリ機能、もちろんリコール機能もありません。

そういうところが比較すると、KS-DigitalはGenelecのような使い方はできないので、メーカーの意図はそれぞれ違うような気がします。

袴田氏)KS-Digitalの場合も、DSPを部屋の音場補正のために活用するのはありですよね。部屋はどうやっても限界はありますし、プライベート等の限られたスタジオの空間では重宝しそうです。

-そうですね。
KSD-RCに関してももっと研究して音場補正に役立てていきます。

―5㎜ secのディレイに関して気になることは?

袴田氏)全く無いですね。ツイータ―とウーハーのディレイを合わせているのはいいですね。アコースティックでは難しいことでしょうし。こういう補正も魅力を感じます。

―実際C5を導入して実際の作業現場で変化はありますか?



袴田氏)C5は大中小の中の役割をしているのですが、空間の表現とか音の豊かさみたいなところは、今まで以上に聴いて意識するようになりましたね。

それと、一般ユーザーのスピーカーが、低域が豊かなものも多いので、その辺が似ているスピーカーですし、最終チェックの時も、必ず使用しています。

音の強さをストレートに伝える感じではないのですが、その分、音楽はとてもリッチに鳴るので聴いていて安心します。 それによって、音楽が自然にまとまっているか確認する意識も高まりますね。




―最近の音楽自体が低域のボリュームが多いと聞きますね。超低音というか・・。袴田さんは音楽のジャンルは問わず接していらっしゃると思いますが。

袴田氏)EDM的なバランスはまだまだ多いですし、低域は音楽のバランスの大事な
部分なので、そこが上手くつくられたものは聴いていて気持ちいいですね。



―最近の音楽のジャンル別にオーディオの表現にそれぞれ特徴があるとしたら?



袴田氏)全体的なことになってしまいますが、例えば音楽の作り方がシンプルで王道的なもの、たとえば、生のドラムとベースとボーカルだけのようなものをどうやってうまく表現するかは基本的な構図が昔からありましたよね、この部分がいかにうまく組み立てられているか。

でも最近はこれだけではない、特にシンセの音が発達してきていて、エンジニアやアレンジャーの作り方もうまいですし、そういうトラックをうまく使って表現されている音楽は多い気がします。

エコー感だとか、空間表現が巧みなMIXがジャンル問わず結構多いのかなと思います。



―尚更出音がシビアに出てくれないと判断が難しいし、お客さまの要望も見えないと困ってきますよね。



袴田氏)モニターでは定番のYAMAHA-NS10Mのようなナローレンジみたいなもので上手に鳴らして、というところだけではマスタリングは足りなくて。やっぱり細かいところもちゃんと聴けるスピーカーじゃないと困りますね。

最近はC5もそうなのですが、メインモニターとして使えるくらいスモールスピーカーの質が上がっているので、私はラージに対してのスモール、という位置付けで使っていますが、メインとしても十分使えます。

―確かにどのメーカーも競って性能が上がってきていますよね。



袴田氏)周波数の特性なんかはもはや差異なく表現できますしね。大きなスピーカーで振動を感じながら音楽を作るというやり方は無くなりませんが、小さなヘッドホンから聴こる音楽がチープで足りていないかといえば全くそんなことはなくて。

そういう小さなユニットで冷静に音色やバランスを聴くこともすごく大事ですし、実際C5のクオリティーがあればスモールでも音は十分追い込めます。

―改めてビクターのコンポ(ウッドコーン)の良さは?



袴田氏)音色感が特に素晴らしいです。ウッドコーンは振動板が木で作られていて、楽器の鳴りがすごく自然だなと思います。紙のコーンでその音色を出すのは難しいと思いますし、チューニングもフルレンジなのに良く出来ています。


ただ、稀にですが立派すぎると言う意見もありまして、一般ユーザーの環境だけを想定して使うのであれば、さらに小さいやつでもいいのかもしれません。ウッドコーン自体の立ち位置が結構立派な機材になってしまったので(笑)



―KS-DigitalのReferenceシリーズはエンクロージャーが木じゃなくてスチールのユニットなのですが、その辺は気になることはありますか?

袴田氏)全く気にならないですね。いい意味で。重量もありますし、むしろしっかりとした印象を感じます。



―よくロー(低域)がすごく出ているよねとよく言われるのですが、その件に関してはどう感じますか?



袴田氏)そういうスピーカーだと捉えて使っています。私には必要です。鳴り方はすごく豊かで、リスニング的な音色と音場なので、それはGenelecなどの一般的なスピーカーでは得られません。

また、ローの特徴が音作りに禍するかというと、そうではなくて、やっぱりそこが豊かになっている分、キックとベースの確認はしやすいです。低域周りは重要な部分なので、そこがしっかり聴こえるのは重要です。

C5でバランスをとると、あとで低域が足りないとかそういうこともないです。



―リスニングっぽいというか、そういう部分もカバーできますよね。モニタースピーカー以外の可能性も感じるし、実際にリスニングとしても高評価を頂いています。

袴田氏)このスピーカーを入れてからは、仕事が終わった後に趣味で音楽が聴きたくなります。
(スポティファイなどを)小さい音量で鳴らすとすごく癒されます。ウッドコーンだと慣れていて職業モード入っちゃうので。C5はちょっとリラックスして聴けますね。


―私自身もC5で改めて音楽を聴くと新たな発見がありますよね。感動も覚えたり (笑)

袴田氏)お客さんに完成した音を聴いていただく時、先ほどもお話したように振動が伝わる、音のインパクトとか強さをリアルに鳴らすことは大事な要素で、どちらかといえばそういう傾向のスピーカーを現場では導入しますが、逆にこういう空間的でナチュラルなスピーカーを置くのは初めてで、少し勇気が入りました。

でも結果すごく重宝しますし、今までしばらく忘れていた音楽の聴き方を思い出させてくれたりします。―そういうのがクライアントさんにも伝わるといいなと思います。

―そのほか、C5の特徴などありますか?



袴田氏)歌周りの感じも分かりやすいですね。バランスもそうですが、楽器の音像というか、歌の大きさがどれ位だとか、サイドのギターの音像がどれ位だとか、全体の中での個々の楽器の音像を表現するのは得意ですよね。

あと、C5の豊かな低音の奥で歌が安定して見えていると「大丈夫だな」と安心出来ます。マスタリング的なこまかい話ですが。

―ありがとうございます。
袴田さんが何を大事なされていらっしゃるか、とてもいいお話を聞けたと思います。



第4回目は8月1日に更新予定
レコーディングエンジニア 万波幸治(マンナミ コウジ)氏 
三和レコーディングスタジオ所属(大阪)
https://www.sanwa-group.com/service/recording/#

そのほか週ごとで多彩なキャストでレビューをご紹介させていただきます。乞うご期待下さい。



<プロフィール>
袴田剛史(ハカマタ タケシ)
https://victorstudio.jp/hd/e212/

1970年生まれ。子供の頃は建築士を目指して日々設計図を書き溜める異端児だった。いつしかペンをトランペットに持ち替え音楽小僧へ。誰よりもいい音を鳴らしたいという精神が現在へ繋がる。
エンジニアとして豊富な経験の持ち主。多くの作品を世に排出中。