ユーザーインタビュー

第11回 株式会社ミクシィ サウンドディレクター
岡田 健太郎(Kentaro Okada) 氏

株式会社ミクシィは2020年3月に渋谷スクランブルスクエア内にオフィスを移転し、オフィス内に新しいコンセプトのサウンドスタジオをオープンしました。

今回のシステムにはKS-digital C8-ReferenceとB88-Reference(サブウーハー)を導入し、音場空間をコントロールしています。




―この度は取材をお受けいただきありがとうございました。 まずお聞きしたいのはこのプロジェクトに取り掛かったのはいつごろでしたか?

岡田氏) 時期としては2018年の10月頃だったと思います。
会社の移転とともに新規にサウンドスタジオを作るという話もあり、会社としてしっかりとしたレコーディングの機能を持ちたいと思っているんだけど・・・ということで、機材の選定や、システムを組むというところで協⼒してくれないかという話がありました。



―オフィス内に⾃社スタジオを持つのは新鮮ですね。

岡田氏)そうですね、一般的なレコーディングスタジオを作るわけではないので新鮮でした。
気にするポイントが全然違うので・・・。
大小さまざまな会社があるのでその中で、一企業内にあるスタジオとしてはかなり充実した設備かなとは思います。



―実際ここまで大きなスタジオは素晴らしいです。


岡田氏)はい、広さは十分です。
しかしながら構造上、浮き床構造にできなかったのでドラムの収録はできないですけどね(笑)
そこだけが残念です。

―この広さのブースがあれば何でも出来ちゃいますよね。声優さんたちも結構な人数立てそうですね。



岡田氏)そうですね、同時に4人ぐらいは立ってセリフ収録など出来ますね。
ゲームボイス以外の収録も多い会社なので、ラジオのような掛け合いの収録でも十分なスペースを確保できます。



―確かに。もっと多人数での収録もできそうなくらい広いですね。
ところでスタジオ天井上のスピーカーはどのような使い方をするのですか?



岡田氏)5チャンネルになっていて、サラウンドだったり、イベント用の音源を制作するために用意しました。
というのも、当社はリアルイベント(体験)も⼤切にしています。
ただBGMを再生するのではなく、サラウンドだったり音響的な面でも驚きのある体験を提供したいと考えております。

また、イベントに呼ばれ参加する際は天井付近にスピーカーを吊るされることが多いんですよね。
そうなってくると音源の2mixやボイス、SEなど聞こえ方がだいぶ変わってきます。
思ったよりインパクトを与えられない、音圧突っ込みすぎちゃって抜けてこない、当日そんな問題が起きないように確認をするためにも設置している感じですね。

コントロールルームではなくスタジオの中にUA Apollp(インターフェース)を1つ置いていて、MacBook ProでProtoolsを持ち込んで、大音量でミックス作業することも想定されていますね。



―コントロールルームとは別にブースだけで完結の別システムがあるという事ですね。



岡田氏)そうです。そこもちょっと変わっているところですね。
だから、スピーカースタンドも置いてあって、コントロールルームでミックス、ブースでもミックス、そういうのもできます。
なんでもできるようには一応しているという感じですね。



―コントロールルームのサイズ的に大きな音で作業する必要性はないですか。



岡田氏)はい。音量はそこまで必要ないですね。
あとはレコーディング以外の業務でも使用するので案件によってはさらに小さい音量で、長時間使用するってこともあります。

―システムの話もお聞きします。このシステムの提案は、岡田さんがある程度構築したものですか?



岡田氏)機材選定も含めてほぼ自分が担当しました。
社員やクリエイターの要望をまとめながらベストを尽くした感じです。



―コンセプトとしてはどういったものがあるのですか?



岡田氏)コンセプトは、当社がミッションにも掲げている「コミュニケーション」です。
当社らしくコミュニケーションが促進されるような仕組みを⼼がけました。
促進なんてかっこいい感じに⾔いましたが、個⼈的には、スタジオに訪れるみなさんがコミュニケーションに
よってストレスを発⽣させないよう⼀番⼒を⼊れました。

最新の機材とかいろいろあると思うのですが、来てくださる声優さんや、ボーカリストさんに返したいものをすぐ⾳声で返したりとか、どこでモニタリングしたくて何(ソース)を必要としているのか。

ディレクターの⼈が、もしかしてギターを持ち込んで⾳で歌のニュアンスを伝えたい⼈がいるかもしれない。
もちろん社内にもクリエイターやディレクターがたくさんいるので、エンジニア、ディレクターだけではなく、
収録に関わる皆さんが、コミュニケーションによるストレスを発⽣させない、みたいなところで⼀番気を使いました。

―浮かんだアイディアを即座に作業に移せて形にするというか。



岡田氏)そうですね。
スタジオで行われる会話って、音源なしには成立しないと思っていて。
だから理解への近道は、共通の音を各々が気持ちよく聞けることがベストかなって思っています。

あとは演者さんとかだと、ヘッドホンをしないで生の声を聴きながら収録する人もいれば、ヘッドホンで録り音やノイズとかも気にしながらやりたいという人もいらっしゃいますし、
歌録りでいうと単独でいろいろな音源を返すと思うので、そういうところですぐに対応できる。
そういうことを第一に考えました。自ずと入出力も増えている感じがありますね。


―キューボックスもチャンネルも多いですね
あれだけあるといろいろできますね。



岡田氏)そうですね。あとソファーの下にも入出力の端子があったりします。
たまに歌録りの際、社内のディレクターさんとかはブースに入ることもあるのですが、入るとどうしてもノイズの原因とかになるので、トークバックでどうしようもないときは、ここの入出力で補います。
マイクを何本かこっちに用意したり、楽器も立ち上げちゃったりして「ここで伝えてください」そういうこともできます。

―本当に制作現場に寄ったスタジオなのですね。普通のレコーディングスタジオっぽくはないというか。臨機応変に対応できるというか。

岡田氏)綺麗事かもしれませんが「スタジオに来る人みんなに気持ちよく作業してもらいたかった」ということに尽きます。
キャスティングの仕事がメインなので、とくに来ていただいた声優さんには気持ちよく仕事して帰っていただければなと。

あとは最近、複数のクリエイターさんが一緒に作品を作り上げるというところにも注目しています。所謂コライトってやつですね。
社内のメンバーでも、社外から人を招いても、すぐに作品作りができるというか。
パッと見、エンジニア席とアシスタント席みたいに見えるのですが、実はMac ProとMacminが独立したシステムで出来ています。

その音をSSLアナログミキサーに集めて、一つのツールスに落とすでもいいですし、同時に二人で一つのデータを触るのでもいいですし、みたいな感じで、コミュニケーションがストレスがなく促進されるというところを注意してやりました。
もちろんミキサーはレベルコントロール等でも使用します。

―本当にスピード感というか。



岡田氏)そうですね、音って感覚的な部分もあると思うので。
思ったら動けるって環境にしたかったです。



―ここのスタジオはプリプロまでですよという枠組みが全くないのですね。



岡田氏)無いですね。もうプリプロの手前ぐらいから完パケまで。
この完パケも2mixだったり、MAした動画ものだったりとか、ゲームで使うボイスだったり、本当に様々です。

そういった用途を想定したスピーカーの選定、アナログ機材選定というのはミクシィのスタジオならではで、他社さんとは特質した点なのかなと思いますね。

―この部屋のサイズ感はちょうどよかったですか?



岡田氏)部屋のサイズ感でいうと、正直言うとコントロールルームにもう少し奥行きを持たせたかったなというのもありあす。
とはいえどうしても大きいビルですので、法律だったり、ビルの決まりもあるので、その制約の中で作ったサイズというか、間取りになっていますね。

―その中でベストを尽くされたのですね。



岡田氏)プロジェクトが決まった時点で、ある程度間取りは決まっていました。
なのでそこ以外、コンセプト決めやシステム選定で自分の意見も7,8割ぐらいは取り入れてもらいました。
最初見たときは一瞬逆かな?って思いました(笑)

――こういうコンセプトを持つスタジオは今までなかった気がします。



岡田氏)一般的なレコーディングスタジオとは全く違う路線にはなると思うので。そういったところは他の業者さんにもちらほら評価頂いている感じですね。

―すでに外からの評価が?



岡田氏)外からありますね。
施工に関わって下さった方であったり、取引先でスタジオをお持ちの方がちらほら見学に来られたりするのですが、やっぱり方向性がそもそも違うので、そういったところでこういうスタジオの作り方があったのだな、というところは評価頂いていますね。

―新しい考え方ですよね。



岡田氏)それは、私自身もミクシィに入ったからこそ学ぶことが出来たというか、レコーディングスタジオでコミュニケーションをフューチャーしたりとか、そういうのって本来ないので。

―そうですね、やっぱりいい音で、とかに目が行きますよね。
そうでなくて、コミュニケーションを第一に。面白いですね。こういうのが見本になっていけばいいですね。



岡田氏)そうですね。中規模というか、インディーズのアーティストとかが使うスタジオにとっては特にいいモデルにもなるのじゃないかなとも思います。
会話も音も発想も促進されるスタジオ、良いと思います。



―何かに特化しているとそれ以外は使われないという部分もあるかもしれないので、そういう意味では、全てできてしまうというか。自由度が高い。操作的には後処理はAVID中心でコントロールしているのですか?



岡田氏)そうですね。
Artist MIXは単純にPro Toolsのコントローラーとして利用しています。
収録時も多少使ってると思います。
あとMA担当者とかはレベル書いたりもするのでマストですね。



―主力のマイク撮りの時にはこっちのアナログの方を?



岡田氏)HAの後にフェーダーに立ち上げたりしてますね、それもやっぱり人それぞれですけどね。
クリエイターさんとかは直でツールスに入れたりとかもしますし、人によってです。

なので、パッチ盤とかはなるべくわかり易いようにしてもらいました。
例えばマイク1番は間で何もパッチ接続することなく、そのままツールスに落ちていくというように作ってもらったりとか。

それこそここにRME FireFace(インターフェイス)があって、これはMac miniのインターフェイスとして機能するので、そっちではCubaseで音作りしたりして、あとはミキサーに立ち上げて、最終的にツールスに落としていくみたいな。

過去に作家事務所さんとコライトした時に、一つのMac Bookを皆で操作するのは非効率だし、クリエイティブじゃないよねってことがありまして。
というときにミキサーがあることで、収録時のレベルコントローラーとしても役立ちますし、ギターや鍵盤も全部立ち上げて聞くこともできるので、そういった意味でもコミュニケーション、「音でのコミュニケーション」のストレスを減らしているという感じですね。
そういうのは、他のスタジオにはないのかなという感じです。



―岡田さん自身がエンジニアではなく、声優キャスティングの仕事してるとのことですが、実際Protoolsで作業していたのは、前からされていたのですか?

岡田氏)Pro Tools自体の使用はギターの専門学校に通いながらほぼ独学で始めました。
卒業後は音響効果の会社に入社、その後個人経営のスタジオでレコーディングを始め、のちにMITスタジオのダビングチームでお世話になりました。
本格的にPro Toolsを学んだのはMITスタジオが大きいかなと思います。
今ミクシィでは、マニピで触ったり、納品データのチェックでツールスを触ることが多いですね。



―あらためてですけど。KS Digitalはどこでお知りましたか?



岡田氏)きっかけは以前勤めていたMITスタジオの先輩エンジニアの方です。
その後、渋谷のロックオンカンパニーに個人的に買い物に行ったときに展示されていました。スタジオ側ではなく、普通にiMacで展示されて音が鳴っていて。
「ああ、これがKSか。」と思って少し聴いてみようかなと思いました。
小音量でもきれいなバランスでなっていた印象があります、ギターもかっこよくなっていたかな?それが出会いでした。



―自身で使用されているスピーカーはありますか?



岡田氏)自宅だとEVE Audioを使用しています。
イブを買うとき、当時Focalのシェイプシリーズが評判良かったので聞きましたし、あとはヤマハのHSシリーズとか。自宅だとあまり鳴らせないので、そのあたりを聞いていました。

結局インターフェイスとかの組み合わせとかもあってイブにしました。あとはDSPが入っていて、ちょこまかいじれて利きが良かったので現在も使用しています。

―2WAYですか?



岡田氏)204ですね。



―今回Amphionとの組み合わせのモニターシステムですが、実際Amphionの率直な印象はどんなものですか?



岡田氏)Amphionはすごくフラットですね。変に誇張した部分もなく、モニタリングするのに最適なスピーカーという印象があります。
逆に奥行き感が物足りないというか、少し平坦に聞こえなくもないかなとも思います。ただ、いかにフラットかを追求した結果、多少平坦さを感じるのかもしれません。
判断しやすい、一つの基準になるスピーカーだなと思っていて、そういう意味で使用しています。



―KSとの比較にピッタリですね。



岡田氏)そうですね、どちらが良い悪いではなく、キャラクターの構成が違って、今回部屋があまり奥行きがないみたいなところでいうとその2つというのは残るべくして残ったなと思います。

ロックオンだったり知り合いのスタジオに頼んで色んな種類聞いたんですよ。
なかでも、Focalのトリオシリーズ。あれもかなり綺麗に出ていてバランスもよかったです。
お気に入りは一番大きいやつだったんですけど、それを鳴らしきる部屋がないという事であきらめました。

KSのバランスの良さというのはリスニングにおいてのバランスの良さというのも含まれていて、ナチュラルな奥行きとか定位とか、しっかり聴かせながら、簡単に言ってしまえば悪い意味ではなく、どこかに特徴がある音。

ローミッドとかに特徴がある音をしていて、逆にAmphionは奥行きとかの表現はKSほどではないですが、周波数的に変なピークがないというところで使う。そういう比較ですね。



―今回はいろいろなモニタースピーカーを試聴して選択されたのですか?



岡田氏)今回機材選定やシステムでお世話になったロックオンさんで計4時間ぐらいいろいろな試聴しました。ある程度サイズは絞っていたのですが、例えば最近のでいうとリプロデューサーEpic5。もちろんFocalにおいてはトリオシリーズも聞きましたし、あとはシェイプシリーズを聞いたりしました。
KS-Digitalは5と8を聴き比べて。
当初絞り切った時は、Epic5、Amphion、KS-Digitalまで行って最後は、キャラクターで選ぶしかないかなといったところで、KS-DigitalとAmphionに絞りました。

後は、スピーカーって音量を絞った時にどうしてもバランスが崩れるじゃないですが、そこがKSはすごく優秀だなと。ローも低音絞ってもブレなく見やすいというところがKSは大きいですね。



―収録はボーカルが多いですか?



岡田氏)そうですね。ボーカルが一番多くて。あとはゲームのボイス(セリフなど)。この2つが多いですね。セリフというところに着目するとKSはマイクの当たり具合、距離感は見やすいです。歌撮りにしても、歌撮りというかリバーヴですね。その辺はAmphinよりもKSの方が見やすいなというがあって使い分けているという感じですね。

逆にミックスとかになると、Amphionの比率が上がってくると思います。
全体のバランスを捉えるのはAmphionの方が使いやすいです。ベース見たりとかキック見たりするのは絶対KSの方がいいので。
あとは各クリエイターの好みですね(笑)



―僭越ながら私のほうから先日KS-Digital のサブウーハーB88-referenceを試聴してほしくて岡田さんに試聴していただきました。



現代のオーディオは低域のバランスというか豊かさを感じることがあって2.1chシステムの可能性を探っていました。

岡田さんに半ばちょっと強引に(笑)そのチャンスをいただいて感謝しております。
結果的に追加で導入していただいて本当に感謝しています。



―B88-Reference サブウーファーについて率直な印象はいかがでしたか?



岡田氏)まず、自分がサブウーファーに対して無知すぎました。
どうしても弊当社の場合スピーカー周りにスペースを確保できないことから、導入することによる低音の無駄な膨らみを心配していました。
それも無駄な心配で、結果的に2chで聴くよりローの定位やバランスは良くなりました。



―導入を決定づけたポイントはいくつかありますか?



岡田氏)まずはローの聴きやすさですね。
これは低域の音量が上がったというわけではないです。
ローがよりセンターでしっかり鳴るようになり、50Hz前後ですかね?よりちゃんと感じるようになったと思います。当たり前ですが、以前より無理なくローがでている印象です。

人によっては2chのときよりも、スタジオでラージ聞いてる感覚に近づいたと思うんじゃないでしょうか。
すごく雑な説明ですが一枚膜が消えた感じで、低域がバランス変えてしまった感覚はないです。
導入や設定が簡単だったのも決め手です。

―2chと2.1chと運用の差はありますか?可能性の広がりなど?



岡田氏)運用の差はないですね、使い手次第でサブウーファーの音量を変えてもいいってことくらいだと思います。設置も設定も簡単なので。
可能性でいえばかなり手ごたえを感じます。

というのも大音量で流す音源の低域確認には必須ではないでしょうか。
経験上和太鼓の低域の処理が甘いとイベントホールとかで変に反響したり、回っちゃうというか・・・そんな部分もしっかり聞かせてくれるのでみんな処理のスピードや精度があがると思います。

これから2.1chのシステムがより認知されることを期待します。今回は誠にありがとうございました。




<プロフィール>

岡田健太郎(オカダ ケンタロウ)氏
株式会社ミクシィ
サウンドライツグループ VOICE チーム
1993年生まれ
尚美ミュージックカレッジ卒

スタジオ業務を経験後、現在はミクシィにて声優のキャスティング業務を担当。収録やイベントのディレクション、機材の発注や管理等も行っている。